社会的価値=求める人の数

 最近まで「とにかく自分が成長すれば、社会や周りの人に価値の提供が出来る!」と考えていました。

単純な発想で、“自分に出来ること”を増やせば、周りに楽しんでもらえたり、喜んでもらえたりすることが出来るようになると考えていたわけです。

だから、自身が成長するためだったら、がむしゃらに力を注いできたし、時間も掛けてきたつもりです。ただ、いろいろなところで話を聞いたり、様々な分野の情報を収集する中で「ん、ちょっと違うな」と思うようになりました。

今までは

社会的価値=人の能力やモノ(商品)のクオリティーだと考えていました。

各分野でトップにいる人たちの技術力や、そうした人たちが生み出すクオリティーの高い商品が、世の中の人の生活をより豊かにして、有意義な日々の創造をしていると考えていたわけです。

ただ、ここには『人のニーズ(要求)』か必ず存在しているため、上記の式が必ず成り立つとは限らないことに気が付きました。

極端な話、いくら技術が高かったり、商品のクオリティーが高かったとしても、それを『求める人』が全くいなければ、そこに価値はないということ。そう考えるきっかけになったのは、各業界や職種における「収入格差」に疑問を持ったことです。

例えば、芸能人の収入。番組一本出演すると、一人当たりうん十万の収入があったり、条件によってはうん百万の収入があったりする。

なんで?

あとは野球選手。トッブプロなんかは、年俸が億を越えることは当たり前。

なんで?

毎日いろいろなストレスを抱えながらもせっせと働く、サラリーマンの平均年収が400万から500万程度。

なんで?

どうしてこんなにも違うの?と思うわけです。

サラリーマンの中にだって、芸能人や野球選手に負けないくらいプロ意識が高い人がいますし、自分の業界に関する知識や技能で、別分野に身を置いている芸能人や野球選手に負けるわけがありません。

だけど、収入では到底太刀打ち出来ないわけです。そこには、“価値を創造する人の数”と“求める人の数”のバランスが関係しているということ。

例えば、プロ野球選手とプロバレーボール選手の年収の差は歴然です。
プロバレーボール選手の年収は、トッププロでも1000万程度と言われています。試合に出ている主要メンバーでも月20万~40万程度。

プロ野球は12球団存在していて、1球団当たり選手登録枠は70人となっているので、選手人数は、12球団×70人=約840人となっています。(育成選手は考慮外)

また、セ・パ・リーグ共に年間試合数144試合。(15年はセ・リーグは143試合だったがいったん無視)
年間観客動員数(球場で観戦した人)は約2500万人。

一方、バレーボール。男女8チームずつあり、計16チーム存在している。1チームあたりの登録選手は約20人(概算)16チーム×20人=320人。

年間試合数は100に届かない。それも関係してか、年間観客動員数は約30万人。ここで、選手一人あたりの年間観客動員数を計算してみる(年間観客動員数÷選手人数)

野球では、2500万人÷840人=約2万9千人。バレーでは、30万人÷320人=約940人。この違いです。

野球では、一人当たり2万9千人をワクワクさせたり感動を与えたり、喜びを与えることが出来ているわけです。ただ、バレーボールでは1000人にも満たないのが現実なのです。

これは観客動員数だけの数字なので、テレビ中継の数も考慮すると、野球とバレーにどのくらい需要の差があるかもはや歴然ですね。

つまり、こうした事象から収入の差が生まれていることがわかるのです。
芸能人の収入が多いのも、“その人のことを見たい”と求める人が、全国に何千人何万人何百万人もいるからなんだろうなと思います。

ここで思うのは、収入は副次的なものであって、大切なことは、『人が求めるモノ』に応えていくということ。多くの人に楽しんでもらったり、喜んでもらうこと。その数の分だけ世の中に価値を生み、その結果が自分の収入として表れてきているだけなのだということ。

すなわち『社会的価値』というのは、提供する側が生んだり高めたりしているのではなく、それを『求める人が』作りあげているということ。

だから、どんなに高性能な製品を作ったり、どんなに難しい知識を付けたり、どんなに面白い話が出来るようになったり、どんなに立派な夢や目標を持っていたとしても、それを『求める人』がゼロであれば、その製品に価値はないと思いますし、その人に価値はないと思いますし、その夢や目標に価値はないんだと思います。

だから『求める人』を意識しない生成や成長は自己満足で終わってしまうということです。少し過大表現していますが、これが真実なのかなと最近は思います。

さて、今、いろいろなところで、夢や目標を持っている人たちがその実現に向けてたくさんの時間とエネルギーを使っています。また、これから成長する子供もこの先いろいろな夢や目標に向かって努力していくのだと思います。

ただ、周りにいる大人が今の世の中は、どういうことに価値があるのか、何をすれば、幸せを掴みとれるのか、どういうことに時間とエネルギーを使えばいいのか。これらを知らないと、幼い子供たち、teenagerたちがいろいろなことを吸収出来る本っっ当に本当に大事な時期を、無駄にしてしまう可能性があるということ。だから周りにいる大人が世の中について、本気になって調べて考えること。

そして、正しい方向に導いてあげること。自分自身を含め、一体どのくらいの大人がこういったことを理解して実行しているのか。

どのくらいの大人が調べて考えようとしてるのか。

今いる環境がどうとか、周りの人がどうとか、自分は頭が悪いだとか、そんなこと関係なしにどのくらいの人が考えているのか、動けているのか。

やりたいこと。やらなくてはいけないこと。大人になると学生時代に比べて、いろいろな責任が伴い、背負うものや、がむしゃらに守っていかなければいけない物や者も、増えてくるものだと思います。忙しいのも十分承知しているつもりです。

だからこそ、そういったことを言い訳にせず、考えることを怠らない、動くことを怠らないことが必要だと感じます。